Saturday, May 18, 2013

ポール・オッテリーニがインテルに残した正と負の遺産


5月15日、世界最大の半導体メーカーであるIntelを指揮し続けてきたポール・オッテリーニ(Paul Otellini)CEOが、事前のアナウンスの通り静かに引退した。8年間のCEO時代を含め、40年の長きに渡りシリコンバレーの象徴たる巨艦を率いてきたオッテリーニ。いわゆる"Wintel"時代はまさしく彼の独壇場だった。歴代のどのCEOよりも高い収益を記録し、Intelに莫大な利益をもたらした経営者としてその業績に対する評価はいまも高い。だが、ここ1、2年においては、タブレットやスマートフォンといったモバイルデバイス市場への進出にことごとく失敗、頼みの綱だったウルトラブックもさほどふるわず、結果としてオッテリーニみずからが自身に対して引導を渡すことになる。

写真は2008年、サンフランシスコで行われた「Oracle OpenWorld 2008」のゲストキーノートに登壇したときのものだ。iPhoneの登場から1年あまり、世界が徐々にモバイルへと目を向けつつあるものの、まだx86はその隆盛を失っていなかった。手のひらに収まるほどの小さなデバイスが巨大企業のトップを引退に追い込むきっかけとなることを想像できた人間は、その当時、オッテリーニ自身も含めてひとりもいなかったはずだ。

オッテリーニの後を継いでCEOに就任したのはジョン・クルザニッチ、COOとしてオッテリーニを支え続けてきた人物である。市場の流れは確実にモバイルにあり、PCへと戻ることはおそらくない。オッテリーニの過去の栄光をすべてかき消してしまったモバイルという激流に、巨艦・Intelの新CEOはどう立ち向かうのか。世界中のIT関係者がその手腕に注目している。

Tuesday, May 7, 2013

祝紫綬褒章! 誰よりも確実に未来を見据える浅川智恵子が次に目指すもの


浅川智恵子という女性の名前を初めて知ったのは2009年、彼女がIBMのフェローに昇格したときだった。全盲の日本人女性がIBMフェローになったというニュースを聞いたとき、この栄誉ある職位を勝ち得た女性の業績とその人となりに強く引かれた。

小学生時代のプールでの事故がきっかけで中学2年で完全に失明した浅川だが、悲嘆にくれる人生を選ぶかわりに、ソフトウェア開発の道を志す。その後、学生研究員として採用されたIBMの基礎研究所に正式入所、デジタル点字システム、ホームページリーダー、音声ブラウザなど視覚障害者のための数々の技術を世に送り出し、Webアクセシビリティ研究の第一人者となっていく。彼女の下でアクセシビリティの研究をしたいと志願する若手研究員の数は、毎年、世界中から引きも切らないという。

写真は2010年12月、日本IBMの箱崎事業所でインタビューしたときのものだ。「もともと楽天家というか、何か悪いことが起こっても“しょうがない、別の方法を考えるか”という感じなんです。目が見えなくなったときも、あまり深く考えこまなかったですね」と楽しそうに答えてくれた笑顔が印象に残っている。「いまとても重要に思っているのは、これから日本が高齢化社会を迎えたとき、ITでどこまで支援できるかということ。実際、高齢化が進むのは日本だけではなく、多くの国が今後直面する問題です。一足早くそのときを迎える日本は、ほかの国のロールモデルになれるチャンスがあります。 障害者が使いやすいシステムをこれまでいろいろ研究してきましたが、その成果を今度は高齢者支援にも役立てていきたいですね。新しいアイデアがいろいろ浮かんできて、研究チームの若者と一緒に取り組んでいます」(2010年インタビュー時)

4月29日に発表された2013年春の紫綬褒章の受賞者一覧には、松任谷由実や熊川哲也とともに浅川智恵子の名前が連なっている。あらゆるハンデを持ち前の明るさと世界が認める実力で乗り越えてきた彼女にこそ、その栄誉はふさわしい。だがその目はもう、すぐそこにある未来を誰よりも確実に捉えているに違いない。

Thursday, May 2, 2013

クパチーノの象徴はまだしばらくこのままで



Facebookの旧社屋を紹介したコラムを読み返して、そういえばクパチーノにあるApple本社のデザインに似ていたことを思い出した。

ご存知の方も多いだろうが、Appleは現在、故スティーブ・ジョブスが考案したといわれる新社屋"Mothership(マザーシップ)"ことCampus 2(キャンパス2)を、現本社から1kmほど離れた場所に建設する予定となっている。その近未来的なリング状のデザインや50億ドルとも言われる建設予定費が話題となり、計画が発表された2011年からたびたびメディアを賑わしてきた。先日、同社は近隣の住民に対し、アップデートした建設計画を公開、当初の予定から1年伸びた2016年に完成/移転するとしている。

Appleは社屋をキャンパスと呼んでいる。現キャンパスは敷地こそ広大だが、シリコンバレーにある他のIT企業と比較してそれほど巨大でもなく、奇をてらってもいない。このシンプルな建物の中から、世界を変えるイノベーションが次々と生み出されてきた。新しいキャンパスに移るまであと3年、ITの世界はまだしばらく、このクパチーノの象徴を中心に回ることになるのだろう。