Friday, November 11, 2016

マダム・プレジデントに花束を

11月8日の夕方、サンフランシスコ市内での仕事を早々に終えてUberに乗り込み、友人との待ち合わせ場所であるダウンタウンのバーに近づくにしたがい、わたしはすこしずつ気持ちが高まってくるのを感じていました。ついに迎えるその瞬間 - 米国に初の女性大統領が誕生する瞬間を、ここ米国で、それもヒラリーの圧倒的な支持基盤であるカリフォルニアにおいて迎えることができるなんて、自分はなんて幸運なんだろうと、かるい興奮を覚えながらビールを空けていたことを覚えています。わたしも、友人も、そしておそらくあのバーにいた誰もが、その数時間後にヒラリーがドナルド・トランプに負ける時間を共有するとはカケラも想像していませんでした。米国時間の今日(11/10)、ホワイトハウスではオバマ大統領がトランプを次期大統領としてして迎えるそうですが、「そこにいるのはヒラリーのはずだったのに、どうしてこうなった」という思いをどうしても消すことができずにいます。日本よりはるかに女性の社会進出が進んでいる米国ですら、女性が大統領になることにここまで拒否反応があるという事実に、あらためて打ちのめされるしかありません。

いつか米国にも、女性の大統領が誕生することは間違いないでしょう。でもその輝かしい称号がヒラリーに与えられる機会はもうありません。今回の選挙に敗北したこと以上に、ヒラリー・クリントンという傑出した女性政治家が大統領の座に就く日は永遠にやってこないのだという事実が、時間の経過とともに重く、つらく、じわじわとのしかかってきます。

ちょうど2年前の2014年、わたしはこここサンフランシスコで、ヒラリーをごく間近で見る機会に恵まれました。サンフランシスコを含むシリコンバレーのIT企業は民主党の重要な支持母体であり、その代表的企業であるSalesforce.comのカンファレンス「Dreamforce '14」にヒラリーがキーノートスピーカーとして登壇したのです。当時、ヒラリーはまだ大統領選への出馬宣言をしておらず、世間がその去就に注目していた時期でもありました。厳重な警戒体制のなか、プレスに許されたごく数分間の写真撮影の時間に至近距離で目にしたヒラリーは、思っていたよりずっと小柄で、世間で喧伝されている猛々しいイメージとは正反対の、そしてこう言うと失礼ですが、ほんとうに可愛らしい女性でした。あまりの可愛らしさに「こんなに可愛らしい女性が次のアメリカ大統領になるのか!」とひどく驚いた記憶があります。圧倒的なオーラというよりは、やさしくやわらかく、しかし誰もが引きつけられずにはいられない強い魅力をまとったひとでした。

公平な世界に必要なのは"オープンインターネット" ─「Dreamforce 2014」でヒラリー・クリントンが語ったこと

この記事にも書きましたが、ヒラリーとともに登壇したクラウス・シュワブ博士はヒラリーに対して「マダム・セクレタリー(Madame Secretary)」という、とても美しい響きと尊敬の念がこもった敬称で呼びかけていました。前国務長官であったヒラリーは世界で数人しかいない"マダム・セクレタリー"であることは間違いありませんが、しかし、彼女には"マダム・プレジデント(Madame President)"のほうがよりふさわしい - 1時間弱のスピーチですっかりヒラリーに魅了されたわたしは、2年後に"マダム・プレジデント"が誕生することを心の底から信じてこの記事を書き上げました。その2年後に、こういったかたちで自分の過去記事を紹介することになるとは微塵も思わずに。

いま、わたしはサンフランシスコ空港で日本への帰国便をまちながらこのエントリを書いています。10日前、米国に来たときはこんな気持ちで帰国することになるとは想像だにしていませんでした。ただ、10日前の自分とひとつだけ変わらない心情があるとするなら、ヒラリー・クリントンこそ米国初の"マダム・プレジデント"となるべき人物だったという思いでしょうか。若いときから貧しい人々や弱い立場の人々に心を寄せ、彼らのために身体を張って戦い、一方で知事から大統領になった夫を支えながら、女性やマイノリティの権利拡大を訴え続けたヒラリー。8年前、オバマに負け、それでもあきらめずに68歳という高齢で大統領候補になり、ようやく確実に栄光を手にしようとした瞬間、するりとそれは手のひらからこぼれ落ちてしまった…出張先のホテルの部屋で、彼女の敗戦を認めるスピーチをぼんやりと聞きながら、ふと、宇多田ヒカルの「花束を君に」の一節が心に浮かびました。

花束を君に贈ろう / 愛しい人 / 愛しい人 / どんな言葉並べても / 君を讃えるには足りないから / 今日は贈ろう / 涙色の花束を君に

今回の選挙結果に、米国民だけでなく、世界中の多くの人々が落胆し、涙を流しました。わたしもそのひとりです。それでもヒラリーがこれまで残してきた功績は何ひとつ消えません。たくさんの涙に彩られた美しい花束、これを受け取る資格があるのは、そしていまも"マダム・プレジデント"にもっともふさわしかった女性はヒラリー・クリントンただひとりだと思っています。ヒラリーがついにかなえられなかった初の女性大統領、名実ともに"マダム・プレジデント"となる女性に喜びの花束が届く日がそう遠くないことを願っています。

…それにしても、オバマからトランプって、米国のIT企業はこれからいったいどうなるのでしょうか。わたしの仕事もかなり先が見えなくなってしまいました。これが本当のディスラプションなんでしょうね。

Monday, March 21, 2016

How's it going? - いつかまた会える日まで

自分の人生にとってすごく大切なコンテンツのひとつに、さかいゆうの「君と僕の挽歌」という曲があります。さかいゆうが交通事故で亡くなった高校時代の親友を思って作った、その名の通りの美しいレクイエムで、ちかしいひとを亡くしたばかりの方であれば、たぶん心のふるえがとまらなくなってしまうかもしれません(ちなみにわたしがこの歌に心揺さぶられたのは、誰か大切なひとを亡くしたからではないのですが、それはまた別の機会に)。




さかいゆうはあるライブで、この友人が亡くなったとき「不思議と、つらいとかかなしいという感情よりも、感謝の気持ち - 僕と出会ってくれてありがとうという気持ちが強く湧いてきた」と振り返っていました。もちろん、いつもそばにいた友人がいなくなったことは受け入れがたいし、「How's it going? 調子どうですか」と声をかけても返ってこない現実は堪えるでしょう。それでも「こんなに別れがつらいなら出会わないほうがよかった」ではなく、「ああ、こいつと出会えて本当によかった」という感謝の気持ち、もう友人はこの世にいないけれど、その出会いから得たものはこれからの自分の人生を一生支えていくという確信、それを「これからも、よろしくね」という思いに変え、どうしようもないさびしさに押しつぶされそうな自分をよろよろと前に向かわせている - 重たいテーマの曲ですが、聴き終わったあとにはうっすらとではあるけれど希望の光が見えてくる気がします。かけがえのないひとを失っても、自分は生きていかなければならないという現実を、すこしは受け入れられる心持ちになってほしい、そんな作り手の気持ちがすーっと心にしみいってくるようです。

もうひとつ、大切なひとを見送ることの大切さが胸に迫る文章を紹介しておきます。1981年に飛行機事故で急逝した人気作家の向田邦子さんへの追悼文として、向田さんの書籍のイラストを数多く手がけた風間完さんが、向田さんが亡くなってから編まれた「男どき女どき」のあとがきに寄せた一節です。
人世は夏の日の水面に忙しげに小さな弧を描く水すましのようなものかもしれぬ。
それぞれが何がしかめいめいの仕事を了えて、どこかへ翔んで行き、いなくなってしまう。
向田さんもせっせと仕事をしてやがてどこかへ翔んでいってしまった。
悠久から見れば人が創る作品など水すましが水面にくるくると描く小さな輪のようなものかもしれぬ。
しかし人は生きている限り、たとえ偶然のめぐり合わせにせよ、出会った人々やその作品からうけた感銘というものを大切にする。それはその人の生涯の大切な宝である。
大切なひとから受け取ったものを、自分の人生をかけて大切にする、それは残された人間にとっての義務、というよりはそのひとがくれた最高の機会のような気がします。その宝物が心のなかにあるかぎり、そしてあなたが「How's it going?」と声をかけ続けているかぎり、そのひととはまたどこかで必ず会えるはずですから。

Friday, January 1, 2016

雪と霙と氷と霜と… 2016年の始まりに寄せて

2016年がはじまりました。めずらしく1年の最初の日にブログを更新してみます。

1年の始まりに必ず読む文章があります。大学受験に備えていたとき、国語の問題集にあった高村光太郎の「冬」という詩なのですがはじめて読んだときの鮮烈な印象はいまも忘れられません。そして読み返すたびに、いつもいつも違った心持ちを覚えます。自分の変化とともに、この詩が与えてくれるものも毎年変わっているのかもしれません。

冬

新年が冬来るのはいい。
時間の切り替えは縦に空間を裂き
切面は硬金属のようにピカピカ冷たい。
精神にたまる襤褸をもう一度かき集め、
一切をアルカリ性の昨日に投げ込む。
わたしは又無一物の目あたらしさと
すべての初一歩の放つ芳しさとに囲まれ、
雪と霙と氷と霜と、
かかる極寒の一族に滅菌され、
ねがわくは新しい世代というに値する
清楚な風を天から吸はう。
最も低きに居て高きを見よう。
最も貧しきに居て足らざるなきを得よう。
ああしんしんと寒い空に新年は来るといふ。

身も心も切られるような、1年でいちばん寒い時期に新年はやってきます。さむさとつめたさがすべてを"滅菌"してくれる年の始め、ふるい自分という"襤褸"をすべて捨て去り、"ピカピカ冷たい""切面"に最初の足跡を刻む"初一歩"を踏み出そう - この詩はいつも、わたしがどんな状態にあっても受け容れ、包み込んでくれました。個人的にキツいことがつづいた2015年でしたが、あらためて今日、この瞬間から初一歩を踏み出せる気がします。

どうかみなさまにとって、そして世界にとって、幸多い1年でありますように。つらい思いをしている人々のかなしみが少しでも癒えますように。わたしはしがない物書きですが、自分の書くものがほんのすこしでも誰かを力づけるきっかけになることを、そして"新しい世代"の誕生を促す存在になることを願いながら、ただひたすらによい文章を書き綴っていきます。みなさま、本年もどうぞよろしくお願いいたします。