Saturday, December 10, 2016

【Hortonworks Advent Calendar 2016】 みどりのゾウさんを愛するスゴ腕Zoo Keepers

ここ1、2年、個人的に国内外の取材でとてもお世話になっているのがHortonworksです。Hadoop関連の取材が増えるにしたがい、HadoopのトップベンダであるHortonworksとの接点も自然と増え、去年と今年は米サンノゼで行われた「Hadoop Summit Sun Jose」にもプレスとして参加させていただき、仕事にもかかわらずとても楽しい日々を過ごしました。いや、本来なら仕事でも楽しいほうがいいですよね。Hadoop Summitにかぎらず、米国のITカンファレンスは本当に楽しいものが多いので、時差ボケとメシのまずさと物価高に耐えられるのなら、とても有意義な期間を過ごせます。開発者の方なら、ぜひ年に一度は海外イベントに行かれることをオススメします。


そんなワケでずいぶんHortonworksのエラい方々、いわゆる役職付きのエグゼクティブの皆様にも取材を通してお会いさせていただきました。今回、人生初のアドベントカレンダー参加ですが、わたしにしか書けないであろうネタということで、これまで取材したHortonworksの何人かの方々をちらりとご紹介してみたいと思います。

ロブ・ビアデン

Hadoop Summit 2016 San Joseのキーノートにて


直接インタビューさせていただいたことはありませんが、現在のHortonworksの顔といえば、やはりこの方、CEOのロブ・ビアデン(Rob Bearden)でしょう。Horotnworksが設立された2011年にCOOとして入社、翌2012年からCEO職に就き、現在に至っています。Hadoop Summitのキーノートやその他のカンファレンスでお見かけすることが多いのですが、温厚でいて、力強いメッセージを発信できるリーダーという印象です。Hortonworksの前にはOracleのほか、JBossやSpringSourceといったオープンソースカンパニーに在籍していた経験もあります。オープンソースをビジネスで成功させるのって、本当にハードルが高いのですが、そのマネジメントをできる、世界でも数少ないエグゼテクィブなのではないでしょうか。なお、Hortonworksのマネジメント担当者にはOracle出身者がけっこう多かったりします。

Hortonworksは現在、単なるHadoopのいちディストリビュータから、データアナリティクスのグローバルテクノロジ企業へとトランスフォームする必要性に迫られています。一方で、前述したようにApache Hadoopというオープンソースを事業のコアに置くビジネスは、短期的な利益にはどうしてもつながりにくい。Hortonworksにとっては残念なことに、コミュニティとビジネスの間に立っていたプレジデントのハーブ・クーニッツが6月のHadoop Summitの後に、売上があまりよくなかった責任を取って辞任しています。この痛みを乗り越え、いちHadoopベンダの枠を超えてオープンソースビジネスをどうスケールしていくのか、2017年はロブにとってもターニングポイントになる1年だとみています。

アルン・マーシー

Hadoop Summit 2016 San Jpseのキーノートにて

ロブ・ビアデンが現在の会社の顔だとしたら、アルン・マーシー(Arun Murthy)はHortonworks創業以来の顔、そしてApache Hadoopコミュニティ誕生以来の顔といえるかもしれません。アルンにも直接インタビューさせてもらったことはないのですが、Hadoop Summitですれ違ったりすると、つい「カッコいいなあ」と見とれてしまいます。いつかインタビューをセッティングしてほしいなあ…

2011年にYahoo!からスピンアウトしてHortonworksを設立したファウンダーのひとりです。MapReduceのスペシャリストとしてYahoo!在籍中から著名な開発者として活躍していましたが、現在はHortonworksのエンジニアリング部門のVPとして、主力製品である「Hortonworks Data Platform(HDP)」の開発を指揮しています。もちろんHadoopコミュニティにおいてももっとも重要な開発者のひとりであり、Apache Hadoop PMCのチェアを務めたこともあります。HortonworksはApache Hadoopの開発における貢献(コミットしたコード行数、解決済みイシュー数)でダントツの首位を誇りますが、それはアルンをトップとするHadoopエンジニアたちが優秀であることに尽きます。HadoopコミッタやPMCの数ももちろんトップです。以前、とある作家さんから「人は正論では動かない、憧れで動く」という言葉を聞いたことがありますが、Hadoop開発者にとっての憧れであるアルンの存在は、まさに彼らにとってのビジョナリーであり、心を動かすドライバなんだろうなあ…といつもおもいます。

スレシュ・スリニバス


今年3月、米サンタクララにあるHortonworksの本社でお会いさせていただいたのがスレシュ・スリニバス(Suresh Srinivas)、アルンと同様にYahoo!からスピンアウトした創業メンバーのひとりで、HDFS開発の主要メンバー、もちろんPMCです。日本にも何度か来ているので、ご存知の開発者の方も多いかもしれませんね。なお、このときのインタビューは別に記事にしています。


スレシュを訪ねた時期はちょうどアイルランドのダブリンで行われるHadoop Summitの直前で、Hortonworksの本社はほんとうにがらーーーんとしていて、ものすごくさびしかったのを覚えています。エグゼクティブもみんなダブリンに行ってしまい、「パスポートの準備が間に合わなかったから今回は(ダブリンに)行かないことにした」というスレシュだけがインタビューに応じてくれることになって、でもよく考えたらとても運が良かった。おかげでHadoop 3.0のもっとも重要なアップデートであるイレージャコーディングをはじめ、Hadoop開発におけるいくつものガイドラインを知ることができました。スレシュとのインタビューを通じて、自分の中のHadoopの理解が一段進んだ気がします。もっともインタビュー中にスレシュが言った「あいらいじゃー」の意味がわからず、何度も何度も聞き直しても結局わからず、記事を書きながらイレージャコーディング(ereaure coding)のことか!とようやく腑に落ちたという…インド人の発音、ムズカシイ(_ _;)

6月のサンノゼのサミットでスレシュと再会したとき「記事をGoogle翻訳にかけて全部読んだよ。すごく良いインタビューにしてくれてありがとう」と言われて、涙が出るほどうれしかったのを覚えています。本当に全身から良いひとオーラが漂っている、すばらしい開発者です。またいつか、お話をうかがう機会があればいいな。

Hadoop Summit 2016 San Jpseの会場でスレシュとばったり再会! 記念にピースでぱちり★

サンジェイ・ラディア


Hadoop Summit 2016 San Jpseのキーノートにて。ちなみにサンジェイともピース写真ありますw

今年10月にはついに東京でもHadoop Summitが開かれました。サンノゼの規模に較べるとかなり小さいものの、セッションの質はサンノゼと同じくらい高く、それでいて解放的な雰囲気が取材していてとても心地よかった。国内ではまだ数の少ない有料カンファレンスでしたが、結果としては大成功だったんじゃないかとおもいます。ちなみにHadoop Summit Tokyoについてももレポート書いてます。


東京でのサミット開催に伴い、Hortonworks本社から何人かのエグゼクティブが来日しましたが、その中でもいちばんエラかったひとがたぶんサンジェイ・ラディア(Sanjay Radia)です。アルンやスレシュと同様に創業メンバーのひとりであり、現在はHortonworksのチーフアーキテクトを務めています。HDFSやYARN、Apache Hiveなどの開発コミュニティではリーダー…というよりかなり雲の上のひと的存在かと。

まだ記事にしていないので、ちょっと大声で言いにくいのですが、サンジェイにも単独インタビューさせてもらっています。インタビュー前、わたしのこれまでのキャリアと過去記事の何本か提出せよという要望がきて、「え、もしかしてコワいひとなんだろうか…」とビビリながら英語で自分のキャリア紹介を書いた記憶があります。実際にお会いするとふつうに穏やかな方で拍子抜けしたのですが、やはりチーフアーキテクトという立場から、技術的な知識があるジャーナリストかどうかのチェックをされていたみたいです。なんとか合格したようでほっとしました。

サンジェイはYahoo!以前にSun Microsystemsで分散コンピューティングを専門にしていたキャリアをもちます。なのでインタビューではHadoopのリソース管理の効率化についていろいろお話をうかがえただけでなく、オープンソースに対するアツい思いも聞かせていただきました。やはり元Sunの方は心の底からオープンソースが好きなんですね。サンジェイに「Hortonworksはオープンソースを事業のコアにしているという理解でおけ?」という質問をしたら、ちょっと語気を荒げて「コアではない! オープンソースは我々にとってのすべてだ - Opensource is EVERYTHING to us!」と答えてくれたのが印象的でした。

スレシュもそうなんですが、サンジェイも日本のHadoop開発者をすごく高く評価しています。とくにHortonworksの顧客でありながら、最近では開発にも積極的に参加しているYahoo! JAPANを「ファンタスティックな仕事をしている」とむちゃくちゃほめていました。開発者だけでなく、「日本は景色も食べ物も人もすばらしい」と絶賛してくれて、単純ですけど、そういうのを聞くとやっぱりうれしくなりますね。次回お会いするときも、日本がほめられる状況が続いているといいのですが。

ジョー・ウィット


Hadoop Summit 2016 San JoseのHortonworksのブースにて

前述したとおり、Hortonworksは現在、単なるHadoopディストリビュータからアナリティクスカンパニーへの脱却を目指してビジネスモデルを変えようとしています。そうした中で、HDPと並ぶもうひとつの主力製品としてフォーカスしているのが「Hortonworks DataFlow(HDF)」です。HDPがApache Hadoopをベースにしているように、HDFはApache Nifiというオープンソースプロダクトをベースにしています。ひとことで言えばデータフローのオーケストレーション製品で、データソースから収集したデータをどこに出力し、ふたたびどこに格納するか、といったデータの流れ(data flow)を可視化し、自在にコントロールことが可能です。たとえばTwitterから吸い上げたデータをSparkにインジェストし、分析後はHDPに格納、といった流れを設計できるわけです。オープンソースになったのは2014年で、その前までの8年間、かのNSAによって開発されていました。NSAがオープンソース…ちょっと驚きますよね。

このHDFを開発面で統括しているのが"NiFi Guru"、カナダ出身のジョー・ウィット(Joe Witt)です。現在のHortonworksでの肩書はエンジニアリング部門のシニアディレクターですが、もともとのキャリアは国防総省のソフトウェアエンジニアであり、NSAとともにNiFiの開発の中心人物でした。2014年にNiFiがApacheに寄贈された後、NSAのエンジニアたちと2015年3月にOnyaraというNiFiスタートアップをローンチしていますが、その5カ月後にHortonworksに買収され、現在に至ります。NiFiという名前を付けたのは「ナイアガラフォールズ(Niagara Falls)の近くに開発拠点があったから」というごくシンプルな理由だと話していました。

ジョーとは6月のサンノゼのサミットでいろいろ話をさせてもらいました。これもちゃんと記事にしていないんですよね…我ながらほんとうにアウトプット効率がわるくてげんなりしますが、それはともかく、「データを扱う上で、大事なのはまずビジュアライズすること。見えないものを見えるようにする、それだけでやるべきことは自然とわかってくる」と強調していました。現在、NiFiをリプレースするようなデータフローオーケストレーションツールはないとのこと。「NiFiでこだわった点はいろいろあるけれど、ストリーミングの方向性をインタラクティブにしているのは重要なポイント。Stormなんかだとこれはムリ」と話してくれました。うぅ、ちゃんとインタビュー記事書こう…。

アルンやスレシュ、サンジェイとはだいぶ違ったタイプのエンジニアですが、ジョー自身はHortonworksでのエンジニアライフが「とても楽しい、エクセレントな毎日」と語っています。「いろいろなタイプの人間がいて、多様性がある。そしてコミュニティを作り上げている感覚がすごくいい。これほどコミュニティ指向の企業はそうはないんじゃないかな」というジョーの言葉に、サンジェイが強調していた"Opensource is EVERYTHING to us!"な会社の姿勢が見て取れますね。

*****

Hadoopのマスコットがゾウさんなのはいまさら言うことではありませんが、Hortonworksという会社の名前は、絵本の主人公のゾウ"Horton the Elephant"から取ったそうです。スゴ腕のゾウ使いがずらりとそろったHorotonwokrs、2017年はどんなパフォーマンスを見せてくれるのか、物書きのひとりとして心から楽しみにしています。あ、その前に、サンノゼのみどりのゾウさんは、もっとかわいくしてほしいです>エラい方々



サンノゼのサミット会場ではこの雑なつくりのみどりゾウさんがあちこちに出没します。かわいくないの…

ではみなさま、よいクリスマスをお過ごしください!

Friday, November 11, 2016

マダム・プレジデントに花束を

11月8日の夕方、サンフランシスコ市内での仕事を早々に終えてUberに乗り込み、友人との待ち合わせ場所であるダウンタウンのバーに近づくにしたがい、わたしはすこしずつ気持ちが高まってくるのを感じていました。ついに迎えるその瞬間 - 米国に初の女性大統領が誕生する瞬間を、ここ米国で、それもヒラリーの圧倒的な支持基盤であるカリフォルニアにおいて迎えることができるなんて、自分はなんて幸運なんだろうと、かるい興奮を覚えながらビールを空けていたことを覚えています。わたしも、友人も、そしておそらくあのバーにいた誰もが、その数時間後にヒラリーがドナルド・トランプに負ける時間を共有するとはカケラも想像していませんでした。米国時間の今日(11/10)、ホワイトハウスではオバマ大統領がトランプを次期大統領としてして迎えるそうですが、「そこにいるのはヒラリーのはずだったのに、どうしてこうなった」という思いをどうしても消すことができずにいます。日本よりはるかに女性の社会進出が進んでいる米国ですら、女性が大統領になることにここまで拒否反応があるという事実に、あらためて打ちのめされるしかありません。

いつか米国にも、女性の大統領が誕生することは間違いないでしょう。でもその輝かしい称号がヒラリーに与えられる機会はもうありません。今回の選挙に敗北したこと以上に、ヒラリー・クリントンという傑出した女性政治家が大統領の座に就く日は永遠にやってこないのだという事実が、時間の経過とともに重く、つらく、じわじわとのしかかってきます。

ちょうど2年前の2014年、わたしはこここサンフランシスコで、ヒラリーをごく間近で見る機会に恵まれました。サンフランシスコを含むシリコンバレーのIT企業は民主党の重要な支持母体であり、その代表的企業であるSalesforce.comのカンファレンス「Dreamforce '14」にヒラリーがキーノートスピーカーとして登壇したのです。当時、ヒラリーはまだ大統領選への出馬宣言をしておらず、世間がその去就に注目していた時期でもありました。厳重な警戒体制のなか、プレスに許されたごく数分間の写真撮影の時間に至近距離で目にしたヒラリーは、思っていたよりずっと小柄で、世間で喧伝されている猛々しいイメージとは正反対の、そしてこう言うと失礼ですが、ほんとうに可愛らしい女性でした。あまりの可愛らしさに「こんなに可愛らしい女性が次のアメリカ大統領になるのか!」とひどく驚いた記憶があります。圧倒的なオーラというよりは、やさしくやわらかく、しかし誰もが引きつけられずにはいられない強い魅力をまとったひとでした。

公平な世界に必要なのは"オープンインターネット" ─「Dreamforce 2014」でヒラリー・クリントンが語ったこと

この記事にも書きましたが、ヒラリーとともに登壇したクラウス・シュワブ博士はヒラリーに対して「マダム・セクレタリー(Madame Secretary)」という、とても美しい響きと尊敬の念がこもった敬称で呼びかけていました。前国務長官であったヒラリーは世界で数人しかいない"マダム・セクレタリー"であることは間違いありませんが、しかし、彼女には"マダム・プレジデント(Madame President)"のほうがよりふさわしい - 1時間弱のスピーチですっかりヒラリーに魅了されたわたしは、2年後に"マダム・プレジデント"が誕生することを心の底から信じてこの記事を書き上げました。その2年後に、こういったかたちで自分の過去記事を紹介することになるとは微塵も思わずに。

いま、わたしはサンフランシスコ空港で日本への帰国便をまちながらこのエントリを書いています。10日前、米国に来たときはこんな気持ちで帰国することになるとは想像だにしていませんでした。ただ、10日前の自分とひとつだけ変わらない心情があるとするなら、ヒラリー・クリントンこそ米国初の"マダム・プレジデント"となるべき人物だったという思いでしょうか。若いときから貧しい人々や弱い立場の人々に心を寄せ、彼らのために身体を張って戦い、一方で知事から大統領になった夫を支えながら、女性やマイノリティの権利拡大を訴え続けたヒラリー。8年前、オバマに負け、それでもあきらめずに68歳という高齢で大統領候補になり、ようやく確実に栄光を手にしようとした瞬間、するりとそれは手のひらからこぼれ落ちてしまった…出張先のホテルの部屋で、彼女の敗戦を認めるスピーチをぼんやりと聞きながら、ふと、宇多田ヒカルの「花束を君に」の一節が心に浮かびました。

花束を君に贈ろう / 愛しい人 / 愛しい人 / どんな言葉並べても / 君を讃えるには足りないから / 今日は贈ろう / 涙色の花束を君に

今回の選挙結果に、米国民だけでなく、世界中の多くの人々が落胆し、涙を流しました。わたしもそのひとりです。それでもヒラリーがこれまで残してきた功績は何ひとつ消えません。たくさんの涙に彩られた美しい花束、これを受け取る資格があるのは、そしていまも"マダム・プレジデント"にもっともふさわしかった女性はヒラリー・クリントンただひとりだと思っています。ヒラリーがついにかなえられなかった初の女性大統領、名実ともに"マダム・プレジデント"となる女性に喜びの花束が届く日がそう遠くないことを願っています。

…それにしても、オバマからトランプって、米国のIT企業はこれからいったいどうなるのでしょうか。わたしの仕事もかなり先が見えなくなってしまいました。これが本当のディスラプションなんでしょうね。

Monday, March 21, 2016

How's it going? - いつかまた会える日まで

自分の人生にとってすごく大切なコンテンツのひとつに、さかいゆうの「君と僕の挽歌」という曲があります。さかいゆうが交通事故で亡くなった高校時代の親友を思って作った、その名の通りの美しいレクイエムで、ちかしいひとを亡くしたばかりの方であれば、たぶん心のふるえがとまらなくなってしまうかもしれません(ちなみにわたしがこの歌に心揺さぶられたのは、誰か大切なひとを亡くしたからではないのですが、それはまた別の機会に)。




さかいゆうはあるライブで、この友人が亡くなったとき「不思議と、つらいとかかなしいという感情よりも、感謝の気持ち - 僕と出会ってくれてありがとうという気持ちが強く湧いてきた」と振り返っていました。もちろん、いつもそばにいた友人がいなくなったことは受け入れがたいし、「How's it going? 調子どうですか」と声をかけても返ってこない現実は堪えるでしょう。それでも「こんなに別れがつらいなら出会わないほうがよかった」ではなく、「ああ、こいつと出会えて本当によかった」という感謝の気持ち、もう友人はこの世にいないけれど、その出会いから得たものはこれからの自分の人生を一生支えていくという確信、それを「これからも、よろしくね」という思いに変え、どうしようもないさびしさに押しつぶされそうな自分をよろよろと前に向かわせている - 重たいテーマの曲ですが、聴き終わったあとにはうっすらとではあるけれど希望の光が見えてくる気がします。かけがえのないひとを失っても、自分は生きていかなければならないという現実を、すこしは受け入れられる心持ちになってほしい、そんな作り手の気持ちがすーっと心にしみいってくるようです。

もうひとつ、大切なひとを見送ることの大切さが胸に迫る文章を紹介しておきます。1981年に飛行機事故で急逝した人気作家の向田邦子さんへの追悼文として、向田さんの書籍のイラストを数多く手がけた風間完さんが、向田さんが亡くなってから編まれた「男どき女どき」のあとがきに寄せた一節です。
人世は夏の日の水面に忙しげに小さな弧を描く水すましのようなものかもしれぬ。
それぞれが何がしかめいめいの仕事を了えて、どこかへ翔んで行き、いなくなってしまう。
向田さんもせっせと仕事をしてやがてどこかへ翔んでいってしまった。
悠久から見れば人が創る作品など水すましが水面にくるくると描く小さな輪のようなものかもしれぬ。
しかし人は生きている限り、たとえ偶然のめぐり合わせにせよ、出会った人々やその作品からうけた感銘というものを大切にする。それはその人の生涯の大切な宝である。
大切なひとから受け取ったものを、自分の人生をかけて大切にする、それは残された人間にとっての義務、というよりはそのひとがくれた最高の機会のような気がします。その宝物が心のなかにあるかぎり、そしてあなたが「How's it going?」と声をかけ続けているかぎり、そのひととはまたどこかで必ず会えるはずですから。

Friday, January 1, 2016

雪と霙と氷と霜と… 2016年の始まりに寄せて

2016年がはじまりました。めずらしく1年の最初の日にブログを更新してみます。

1年の始まりに必ず読む文章があります。大学受験に備えていたとき、国語の問題集にあった高村光太郎の「冬」という詩なのですがはじめて読んだときの鮮烈な印象はいまも忘れられません。そして読み返すたびに、いつもいつも違った心持ちを覚えます。自分の変化とともに、この詩が与えてくれるものも毎年変わっているのかもしれません。



新年が冬来るのはいい。
時間の切り替えは縦に空間を裂き
切面は硬金属のようにピカピカ冷たい。
精神にたまる襤褸をもう一度かき集め、
一切をアルカリ性の昨日に投げ込む。
わたしは又無一物の目あたらしさと
すべての初一歩の放つ芳しさとに囲まれ、
雪と霙と氷と霜と、
かかる極寒の一族に滅菌され、
ねがわくは新しい世代というに値する
清楚な風を天から吸はう。
最も低きに居て高きを見よう。
最も貧しきに居て足らざるなきを得よう。
ああしんしんと寒い空に新年は来るといふ。

身も心も切られるような、1年でいちばん寒い時期に新年はやってきます。さむさとつめたさがすべてを"滅菌"してくれる年の始め、ふるい自分という"襤褸"をすべて捨て去り、"ピカピカ冷たい""切面"に最初の足跡を刻む"初一歩"を踏み出そう - この詩はいつも、わたしがどんな状態にあっても受け容れ、包み込んでくれました。個人的にキツいことがつづいた2015年でしたが、あらためて今日、この瞬間から初一歩を踏み出せる気がします。

どうかみなさまにとって、そして世界にとって、幸多い1年でありますように。つらい思いをしている人々のかなしみが少しでも癒えますように。わたしはしがない物書きですが、自分の書くものがほんのすこしでも誰かを力づけるきっかけになることを、そして"新しい世代"の誕生を促す存在になることを願いながら、ただひたすらによい文章を書き綴っていきます。みなさま、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

Friday, May 22, 2015

動くには、理由がある - "運動"という意味のcause

ばかみたいに海外出張が多いくせに英語がちっとも上達しないわけですが、正直、もううまくなることはあきらめています。居直りもはなはだしいですが、インタビュー相手には申し訳ないけどこちらのヘタな英語でがまんしてもらうことにしました。だってネイティブじゃないしさー、大きな声で話すこと、ボディランゲージを大げさにやることで、語学力のなさをカバー…されてないんだろうな、きっと(しょんぼり)

ただ、毎日少しずづでも英語に触れていないとほんとうに錆びついてどうしようもなくなってしまうので、仕事のための大量英文記事リーディングのほかに「Duolingo」という語学学習アプリをスマホにいれて寝起きや空き時間にちまちまとやっております。すごくシンプルな例文を20ほど、瞬間的に読む/書く/聞く/話すをひたすら繰り返す。うーん、例文がちょっとシンプルすぎるかなあ、レベルが低いかなあ…と思わないでもないんですが、「へー、英語でこう表現するんだ」という気付きも多くて、けっこう楽しくやっています。まあ、この程度の学習で上達するとは思っていないんですが、やらないよりはかなりマシかなあと。ちなみに現在のレベルは15です。ときどきサボってしまうのですが、フクロウにうながされつつ、細々と続けているかんじですね。

で、昨日のレッスンでこんな和文→英文の問題がありました。
彼らはその運動を支援する。
運動? あーexerciseでいっか、とあまり考えもせず瞬間的に「They support the exercise. 」と書いたわけですが、当然×。うぅ、これだけで筆者のお寒い英語力がおわかりになるかと思いますが…正解は
They support the cause
でした。えー運動ってcauseなの? 原因とか理由じゃないのcauseって!?

こういうときはおなじみの「アルク」に頼るのもいいんですが、英英辞典のサイトで確認するとより理解が深まります。今回はDictionary.comで引いてみたところ、6番目の説明にありました。
a principle, ideal, goal, or movement to which a person or group is dedicated:
the Socialist cause; the human rights cause.
「個人やグループがその身を捧げて取り組んでいる理想やゴール、ムーブメント」という感じでしょうか。何か人を具体的な行動へと突き動かす"理由"がある、だからcauseが"運動"に当てられているのかな…と想像しました。ちなみにアルクにも「support a cause: 大義に資する、運動を支援する」という記載がありました。supportとペアで覚えておいたほうが良さそうですね。

ここまで調べると、もう少し具体的に使われている例を知りたくなってついついGoogle先生のニュース検索でsupport a causeでチェックしてみたところ、ちょうどよい素材がありました。
Brides Against Breast Cancerという乳がんと闘う結婚間近の女性とその家族を支援する団体が、ファンドレイジングで集めたウェディングドレスを格安で販売するというニュースです。乳がんの闘病という苦しいエクスペリエンスを、ウェディングドレスという幸せの象徴のような存在でつつみこむ - たしかにSupport A Good Causeというフレーズにぴったりの運動です。動くべき理由がそこにあるという感じがすごく理解できます。

もう英語が上達することはないと自覚はしていますが、こういうふうに知識がひとつひとつ増えていくプロセスはわりと楽しかったりします。"運動"という意味のcause、そのうち使う機会があるといいのですが。

Tuesday, May 5, 2015

【2015年4月のTop Tweet】はじめにLinusありき - LinuxとGitを生み出したクリエイターの本当のスゴさ

Apple WatchやMicrosoftの技術カンファレンス「build」など、一般ニュースでも話題になるようなネタが多かった2015年4月のIT業界ですが、筆者が発信したトピックで最も高いインプレッション(5,200)を稼いだのはこちらでした。

Linuxカーネルの正式公開はたいてい米国時間で日曜日の午後に行われます。ちょうど筆者がつぶやいている時間帯がLinus Torvaldsの公開準備と重なっていたらしく、ほぼリアルタイムにお伝えすることができました。この手のニュースはやはり速報性が重要ですね。速ければ速いほど、読んでもらえる確率が高くなりますから。

Linux 4.0はそのナンバリングのリニューアル感に加え、待望のライブパッチ機能が実装されるということもあり、リリース前から大きな注目を集めていましたから、このツイートが拡散した理由もわかります。4月はこのほかにもLinux関連のニュースが多かったのでく、それらを簡単に以下の記事の中でまとめてあります。ご興味ある方はお読みいただければ。


さて、Linus関連ではもう一本、非常に関心をもたれたツイートがありました。Gitの10周年を記念して行われたLinusへのインタビューへのリンクなのですが、こちらはインプレッション(4,600)はもとより、エンゲージメントが非常に高かったのが印象的でした。

このインタビューに関してはその後、概要を要約したものを何本か連投したのですが、いずれもたくさん読んでもらえたようです。

LinuxとGitという、ITの世界を根本から変えた2つのイノベーションを生み出したLinus Torvaldsが開発者として優秀であることはいまさら言及するに及ばないでしょう。中にはLinusのことを天才プログラマと呼ぶ人もいます。しかし筆者は、Linusという稀代のクリエイターを"天才"というひとことでくくってしまうことは、逆に彼の能力を過小評価しているようで若干抵抗があります。プログラミングに長けているだけではLinuxはここまでのソフトウェアになりえなかったし、Gitもまた同様だからです。

ではLinusはプログラミング以外にどんな能力がすぐれているのか。私見ですが、Linusは本質を見極める力 - まっすぐに問題の核心に辿り着き、最適な解決策を最短で見つけ出す能力が非常に高いように思えます。たとえばGitのメンテナンスを濱野純氏に任せたことなどはその最たる例でしょう。2年ほど前のあるインタビューで濱野氏はこう答えています。
去年Linus君が受けたインタビュー記事「An Interview With Linus Torvalds | TechCrunch」がありますが、引き継ぎを頼まれた時には、このインタビューの最後の段落で彼が言っているのとほぼ同じコトを言われました。「単にお前が一番たくさんパッチを送ったからではない、お前が他の開発者のパッチをレビューしたり、開発者間の意見の差を調停したりしているのを見ていて、開発者に必要な全体的なセンスが良いと思うから頼むんだ」と。   -- Linus君がボクを後継者に指名した理由 - Gitメンテナー 濱野 純氏」より 
このLinusが指摘した濱野氏のリーダーとしての適性はそのままLinus自身にもあてはまります。濱野氏のような人物の能力を見抜き、その力を信じて任せられるのもLinusの本質を見極める力があればこそだと言えます。カーネル開発においても、Linusは新たに実装する機能やパッチの選び方が非常に的確です。何が重要で、何が不要なのか、その判断がすぐれているからこそ、カーネル開発プロジェクトはコンスタントに進んでいるのではないでしょうか。もっともそのチカラが行き過ぎて、本質とかけ離れたことを言う/やる相手への超ストレートな罵倒になってしまうこともままありますが…。

余談ですが、Debianを最初に作ったファウンダーのIan Murdockがあるインタビューで「Debianに"GNU"なんて付けなければよかった。ストールマン(Richard Stallman)に呼び出されて"お前が作っているLinuxディストリビューションにはGNUの名前を入れろ!"と言われたので仕方なくDebian GNU/Linuxにしたけれど、今となってはすごく後悔している。ダサすぎる」と話しているのをどこかで読んだことがあります。Linusも同じようにストールマンから「GNU/Linuxと名乗れ」と言われたことがあるそうですが、「そんな必要はないから」と華麗にスルーを続けてきました。たとえ権威的存在(当時)からの上意下達でも不要なものは不要といえる強さが、Linuxという世界最大のオープンソースプロジェクトを支えているのだと思います。

もうひとつ、イノベーターとしてのLinusを際立たせているのは、ひとつのことをただひたすらにやり抜く力だと思っています。Linusの講演録やインタビューはいくつも読んできましたが、2011年に来日したときのインタビューにこう答えているものがあります。
「たしかに20年は長いと思う。でも僕は1つのことを集中してやるのが好きなんだ。それにLinuxは単一のプロジェクトというわけではないしね。いろんなプロジェクトがある。それに20年も,経ってみるとそんなに長いわけでもないと思う」 -- [レポート]LinuxCon Japan 2011開幕 Linus Torvalds氏が基調講演「20年間の開発者の労力の先に今がある」より
「カーネルの正式公開は日曜日の午後」と冒頭に書きましたが、正式版のリリースだけではありません。Linusはほぼ毎週日曜日、開発中のリリース候補版を必ず出します。ときには月曜日や火曜日にずれてしまうこともありますが、20年以上に渡ってずっとコツコツと同じ作業を同じスケジュールで続けてきた。これがいかに常人には難しいことか、たいての方はおわかりになるでしょう。ただひたすらにひとつのことを徹底的にやり抜く能力、パッチ当て、デバッグ、テストという地味な作業もいとわず繰り返し繰り返し続ける力、このチカラがLinusに備わっていなかったら、Linuxはこれほどのパワーをもちえなかったはずです。Linux 4.0は大きく注目されてきたリリースでしたが、Linusは一貫して「4.0はそれほど大きなバージョンじゃない」と言い続けてきました。「いつもどおりの作業の結果の、まさに"堅いコードが進化した"リリースだよ」というコメントに、いつもどおりのことをいつもどおりに繰り返せる人だけがもつ強さがにじみ出ています。

Linusは何かのインタビューでLinuxが成功した理由について「運が良かったからじゃないかな」と答えていたことがあります。1990年代はいくつものUNIX系OSが登場しましたが、自分のところが主導権を取ろうといくつもの企業が互いに足を引っ張り合った結果、オープンソースという当時はキワモノ扱いだった開発スタイルのLinuxが最終的な勝者となったいきさつは多くの方がご存知でしょう。でもそれは単にLinusの運が良かったからではないはずです。運が良かったのはむしろ我々のほう、あの時代にLinuxとLinusが登場したことは本当に幸運以外の何物でもないような気がします。

2013年に来日したときのLinus。年々丸くなっているような気もしますが、舌鋒の鋭さはあいかわらずです
おまけ: 残念ながら今年のLinuxConにはLinusは来日しないそうですが、2年前の同イベントでLinusが話した言葉をまとめた記事がこちらです。Linusの魅力の一端が垣間見えるかと思いますので、ご興味ある方はご一読ください。


Friday, April 3, 2015

【2015年3月のTop Tweet】AppleのFoundationDB買収に黙るオープンソース界隈

【お詫び】執筆当初、「FoundationDBをオープンソース企業」と記述していましたが、コア部分のKVSはプロプライエタリライセンスで提供されており、 明らかに筆者の誤解に基づく誤った記述でした。このため、コラムの主旨は変えておりませんが、表記を若干修正しています。混乱させた皆様、大変申し訳ございませんでした。

Sunday, March 15, 2015

「Gigaom」のシャットダウンに寄せて

Gigaomがなくなってしまいました。

正確に言うとGigaomという会社が破産したわけではありません。債務不履行になり、3月9日(米国時間)の営業をもってすべてのオペレーションが不能になってしまったというのが現状のようです。同社のすべての資産は今後債権者の管理下に入ると、マネジメントチームが報告しています。

サイトはまだ存在しており、過去の記事を読むこともまだできるようです。最後に掲載された記事は3/9付けのApple Watchレポートですが、おそらく、もう新しい記事が更新されることはないと思います。同社のスタッフも10日付でほぼ全員「明日からは出社に及ばず」状態になったようで、本当に気の毒としか言いようがありません。

実は筆者は3月18日 - 19日にニューヨークで予定されていたGigaom主催のデータアナリティクスのイベント「Gigaom Data Structure」にプレスとして参加することになっていました。当代きってのデータサイエンティストと言われるヒラリー・メイソンやTwitterのセス・マグワイア、Cloudera CEOのトム・ライリーなどなど、データアナリティクス業界のトップエグゼクティブが一堂に会する機会は米国でもめったにありません。フライトもホテルも自前でしたが、十分にその価値はあるイベントだと確信し、費用もスケジュールもなんとか工面して、「Akiko、前日のVIPレセプションにも招待するからぜひ来てね! Microsoft Azureのマシンラーニングについても話をするから!!」というGigaomからの数日前のメールに気を良くしながら、ニューヨークへと飛ぶ日を待っていた3月10日の午前中に突然届いたGigaomからの「Gigaom is closing its doors」というサブジェクトのメール、そしてシャットダウンのニュースに、ただただ呆然とするしかありませんでした(ちなみにGigaomから連絡が来たときは、ホテルも飛行機もすでにキャンセル不可のタイミングでした)

しかしニューヨークのイベント中止よりも本当につらいのは、自分にとって最愛のメディアであるGigaomがもうなくなってしまうということです。筆者は社会人としてのキャリアのほとんどをテクノロジ系メディアの関係者として過ごしてきましたが、自分がこれまでかかわってきたどの媒体よりもGigaomに対しての思い入れのほうが強いです。とくにフリーランスとして活動するようになってからは、クラウドコンピューティングやビッグデータといった分野を取材の中心にしてきたため、そうしたイノベーションの最新情報を質の高いコンテンツとして提供してくれるGigaomは筆者の毎日に欠かせない存在でした。記事の質、ライターの質、サイトの質、そしてテクノロジとその業界に対するスタンス、etc... Gigaomは筆者がこれまで追いかけてきたテクノロジ系メディアの理想型に近いものでした。いつかメディアを手がけることができるならGigaomのようなサイトを作りたい、その思いはいまも変わりません。そしてサイトだけでなく、同社が主催するイベントも本当にハイクオリティで、筆者はこれまでに2回、サンフランシスコのGigaom Structureに取材に行っていますが、そこで得られた知識と経験の大きさに今でも本当に感謝しています(Structureのレポートはこちらなどを読んでもらえれば)。ああ、きっと今回のニューヨークのイベントもすばらしかったんだろうなあ…(涙)

2014年6月の「Gigaom Structure」のヒトコマ。左はご存知AWSのヴァーナー・ボーガスCTO。Structureには毎年登壇していた。右はGigaomファウンダーのオム・マリク。同氏はこのときすでにGigaomの経営から離れていた

今回のシャットダウンでもうひとつつらいのは、Gigaomのように優秀な記者や編集者を何人も抱えて質の高い記事を日々提供していくスタイルのメディアは、たとえ米国であっても資金的に運営が苦しいという現実をあらためて突きつけられたことです。筆者はフリーランスとして国内の数多くのメディアにお世話になっている身分ですが、どこの出版社/編集部もコンテンツ作成の予算は非常に限られており、そして残念ながら、この状況が今後改善していく見込みがあるとは到底思えません(すいません…)。でも米国にはGigaomのようなクオリティ重視のメディアがビジネスとして成立するのだから、日本でも同じような可能性を模索できるかもしれない - Gigaomのシャットダウンはそんな淡い(甘い)希望もがっつりと断ち切ってくれました。日本だろうと米国だろうと、テクノロジ系メディアの運営はキツくきびしく、儲かる可能性は非常に小さいことに変わりはないのです。

しかし嘆いてばかりもいられません。

すぐれたスタッフを揃えて質の高いコンテンツを毎日提供し、テクノロジベンダやベンチャーキャピタルとも良い関係を築き、読者からも業界からも信頼に足るメディアを作り上げたこと、そしてクラウドやビッグデータ、モバイル、ソーシャルといった最新テクノロジがもたらす可能性の大きさを世の中に伝え続けてきたこと、Gigaomが資金的に詰んでしまったとはいえ、これまで培ってきた同社の功績が否定されるわけではないはずです。「美しく敗けることは恥ではない」というヨハン・クライフの言葉のように、クズみたいなバイラルサイトやキュレーションサイト、まとめサイトがはびこるメディアの世界におもねって生きていくよりも、Gigaomの残したDNAを何かしら受け継ぎつつ"良質なコンテンツ"にこだわった情報発信を苦しみながらでも続けていくほうを選びたい、そのために自分は何ができるのか - 取材旅行のチケットが急遽、季節外れの休暇のチケットに変わってしまいましたが、極寒&豪雪のニューヨークにて、すこし考えをめぐらせてこようと思っています。

Thursday, April 24, 2014

Dynamicsに思うこと

またもや久々の更新となってしまいました。やっぱりブログを書き続けるのは難しいですね。プロブロガー(笑)とかオイラにはぜったい無理だわ。

先日、日本マイクロソフトと愛媛県の共同会見に行ってきました。MSお得意の地方活性化プロジェクトの一環で、愛媛県のサイクリングパラダイス施策をクラウドで支援するというもの。記事はこちらに書いております。

「クラウドでサイクリングパラダイスを」愛媛県と日本マイクロソフトが連携

会場には愛媛県のゆるキャラの「みきゃん」ちゃんが来ていて、すごくいい匂いがー



さて、個人的にこの事例で興味をもったのは、この「愛媛マルゴト自転車道」というサイトがAzureとDynamics CRMで構築されているという点です。とくにDynamicsと聞いたときは、なかなか良い選択だなーと思いました。

Microsoftという会社には、しばしば「ひょっとしてPR下手なの?」と思わされることが少なくないのですが、とくにDynamicsに関しては、こんなに良い製品なのにどうしてこうまで知名度が低いのか、非常に残念でなりません。

かくいう筆者も以前は「だいなみくす? なにそれおいしいの」状態でしたので、偉そうなことはいえません。しかし、アトランタで行われたDynamicsのイベント「Convergence」に取材で参加してからは、すっかりDynamicsの良さに魅了され、ことあるごとにDynamicsの良さを吹聴して回るようになりました。CRM製品として、価格性能比が優れているという点ももちろんありますが、何よりユーザの要望にあわせて自由自在に使えるカスタマイズ性が本当にユニークですばらしい。オンプレミスはもちろん、クラウドで使えるDynamics CRM Onlineも用意されているし、中小企業からエンタープライズまで、どんなタイプのユーザでも、まるでキャンパスに好きな絵を描くように使うことができます。CRMといえばSalesforce.comが最大シェアを誇っておりますが、Dynamicsほど自由度は高くないように思えます。逆に言えば、製品としての存在感というか、IT製品を使ってる感が強いのはSFDCのほうなのでしょう。

Covergence 2010ではまだスティーブン・エロップが
ビジネス部門のトップをやっていました。このすぐあとにNokiaのCEOになっています

ちなみにDyanmicsにはCRMだけじゃなくERPなんかも含まれますが、とりあえずここではCRMのことだけを指しておりますのでご了承を。

IT製品の特徴を表現するとき、とりわけクラウドサービスにおいては「柔軟性(フレキシビリティ)」という言葉がよく使われます。そしてDynamicsほど柔軟性にすぐれているプロプライエタリを筆者はほかにあまり知りません。CRMと言いながら、人間以外を管理対象のCustomerとして扱うこともできるので、不動産物件の管理などに使われている事例もあります。今回の愛媛の事例でも、サイクリストが撮影した写真や動画、執筆したテキストなどのコンテンツをDynamicsで管理しており、まさにDynamicsの自由度の高さを活かした事例だなーとうれしくなりました。

逆にこの柔軟性が仇となり、SIerなどから見ればユーザに勧めにくい製品になっているのかもしれません。実際、Dynamicsを担いでいるパートナー企業は相当Dynamicsに入れ込んでいるというか、その良さを知り尽くしていると聞きます。自分たちでまず使い、良いものだとわかった上でお客さんに勧めているので、結果として良い事例につながる。しかし、そうではないパートナーだと、Dynamicsのような自由度の高すぎる製品、はじめにユーザありきを想定した製品は、手間が増える面倒な存在なのかもしれません。

もっとも、SFDCのように完成度の高い製品を使うことにもメリットはあります。たとえばSAP ERPなどでもよく言われるのですが、完成度の高い製品は、ユーザをその製品にふさわしいレベルに成長させるパワーをもっています。着物を着るとふだんはがさつな女性でも自然と仕草がはんなりするように、良い製品が良いユーザを育てるというケースがあるのは事実です。ただし、Dynamicsの場合は、どちらかというユーザの現在(いま)に寄り添い、現状の課題にフィット&フィックスしつつ、解決と改善を図っていくという製品なので、問題意識が明確ではない企業がただなんとなく単品のCRMとして導入しても効果は薄いでしょう。

SFDCとDynamicsの比較についてもうひとつ。国内でのシェアにこれほど差がついたのは、製品の差というよりも、スタートダッシュの差にあったと筆者は思っています。

まだクラウドというものが子供のおもちゃのような言われ方をしていた2007年、SFDCは日本郵政の大量導入事例を発表しました。この事例が当時のIT業界にものすごいインパクトを与えたことをご記憶の方も多いと思います。クラウドの黎明期に、民営化を果たしてまだ数年の日本郵政がSaaSという耳慣れないソリューションを大量に導入し、新たな環境をローンチさせたという事実は、多くの日本企業にクラウドへの関心を励起させ、さらにSFDCの日本市場進出に大きなはずみをつけました。生まれ変わろうとしている組織が新しいIT技術でもって再スタートを切るという、クラウドの可能性を象徴するにこれほどふさわしい事例は世界を見渡してもそうはないでしょう。Dynamicsもその後、日産など大企業に採用されたりしていますが、残念ながら日本郵政のインパクトには遠く及びません。

いまだ横たわる大きなギャップをDynamicsはどう埋めていくのか、面白くもなんともない答えで恐縮ですが、地道に良い事例を重ねていくしかないと思います。そうした意味で今回の愛媛の事例は非常によろこばしいニュースでした。ただがっかりしたのは、会見でマイクロソフトがほとんどDynamicsについてアピールしなかったこと。自治体との連携という一般紙も対象にしたニュースであったため、必要以上に詳細に触れることはしなかったんでしょうが、なんともDynamicsにとってもったいなかったなーと、いちDynamics好きとして残念に思うのでした。


Friday, February 7, 2014

ソーシャルゲームとユーザの関係は永遠の分析課題!?

「魔法使いと黒猫のウィズ」というスマホで遊べるクイズ形式のカードゲームがあります。パズドラの亜流みたいなゲームなのですが、けっこうたのしい。年末から始めたのですがわりとハマっています。ちなみに現在はサイオーンのステージ6で火のキャラ不足に悩んでいるところ…ってどうでもいいですが。

このゲーム、無課金でも遊べるのですが(ちなみにワタクシは無課金です、念のため)、強いカードが欲しければ「クリスタル」と呼ばれるポイントを購入して何度もガチャを回す必要があります。黒猫ウィズのウリのひとつに10連ガチャというものがあって、クリスタル50個で10枚のカードが引けるしくみが用意されています。10枚のうち1枚にはAランクもしくはSランクのカードが必ず入っているので、10枚全部がガッカリーズというかなしい事態は少なくとも避けられるわけです。筆者のような無課金のユーザにもたまに運営からクリスタルが無料で配布されるのですが、それをちまちまと5個ためたのち、念を込めて単発でガチャを引いても、ガッカリーズの嵐、嵐、嵐。いったいどういう確率になってるんだよo(`ω´*)oと怒りたくなるときもありますが、タダで遊ばせてもらっている以上、それ以上文句はいえません…あー、単発でもファムとかアルルとか出ないかなー←絶対出ない(_ _;)

さて、この黒猫ウィズがガチャの表示と返金問題をめぐり、ちょっとした騒ぎになっています。以下、ITmediaのニュースより。

「黒猫のウィズ」運営元が告知、「不正な返金請求にはアカウント停止も」
コロプラが運営するスマートフォン向けゲーム「クイズRPG 魔法使いと黒猫のウィズ」で、一部ユーザーが、ゲーム内の「ガチャ」の表示などに不満を持ち、アプリストア運営元のGoogleやAppleに対して返金を求めている問題で、コロプラは2月6日、「不正な返金請求をしたユーザーはアカウントを停止場合がある」とする告知文をゲーム内に掲示した。(以下略)
上記のニュースを見てもらえればわかると思いますが、スクエニの返金問題がなぜか黒猫ウィズにも波及し、一部の黒猫ユーザが「不当な表示に納得いかないからクリスタル購入代を返金せよ」とGopgle PlayやAppleに迫ったもよう。実際に返金を勝ち獲ったユーザも少なくないようで、このことに運営のコロプラがブチ切れ、返金請求するようなユーザにはアカウント停止も辞さないからな!と強気の態度に出ているというものです。筆者も昨日、画面に出てきたお知らせに「何言ってんだ?」と思ったのですが、無課金ユーザとはいえ、たのしく遊んでいるゲームでこんなことが起こるのはあまりいい気持ちがしないですね。

ソーシャルゲームにおけるガチャというシステムにはいろいろ問題が多いことはたびたび指摘されています。あまりにも社会的影響が大きいとして、2012年にはコンプガチャは規制されましたが、ガチャ自体は規制されていません。ユーザが欲しがっているアイテムやカードに直接課金するのではなく、そのアイテム/カードが「出るかもしれない」という期待にユーザはお金を払うわけで、射幸心を煽ることこの上なしです。望みのカードが出なくても「あともう1回回せば出るかもしれない」「これだけつぎ込んだんだから出るまでやめられない」と思うユーザのなんと多いことか。さらに問題は、人気ゲームである黒猫ウィズやパズドラがガチャの確率表示を行わないため、他のアプリベンダもこれに倣う例が多いことです。これに対しては消費者庁なども問題視しているようですが、いまのところ改善される気配はなく、ユーザの不信感に拍車をかけているのが現状です。今回の騒ぎも、行き過ぎなユーザの行為とはいえ、そうしたユーザのソーシャルゲーム運営元に対する不信感がベースになっているのは間違いありません。

このニュースを見たとき、2年前に執筆したある記事を思い出しました。「GREE Platform Conference 2012」というイベントの取材記事なのですが、その中のひとつで、日本IBMの方がソーシャルゲームプロバイダにユーザ分析を徹底して行うように勧めていたセッションの紹介です。
ここがヘンだよ日本のソーシャルゲームと世界進出 - 【1】ソーシャルゲームのためのユーザー分析の基礎知識
いやー、いま読み返すとこんなユーザ分析を本気でやられたら、そりゃユーザはゲームやめられないよなあ…としみじみ思います。このユーザ分析見ながら、自分はいま黒猫ウィズユーザ層のどこに位置するんだろうと考え込んでしまいました。「ああ、もう無課金だと詰んだな。そろそろやめようかなー」とあきらめモードに入ると、タイミングよく無課金ユーザでもたのしめるイベント→新カードゲット(*゚∀゚)という流れになってしまい、気がつけば2カ月以上、ほぼ毎日ウィズを撫でてる始末。きっと「無課金から課金に移るライン上のユーザグループ」として分析され、それなり(無課金なり)のイベントやくプレゼントが与えられ、ゆるやかにゲームから逃れないようにつながれているような気がします。ちなみにこの記事はコンプガチャ規制前のものですが、それにしてもこんな詳細なユーザ分析を日本中のソーシャルゲームベンダがやりだしたら、廃課金続出だよ…とほんとに怖くなります。

黒猫ウィズは楽しいゲームなのですが、「イベントがつまらない」「ガチャ煽り、カードのインフレがひどい」「イベントの間隔が長い/短い」などと運営に対する不満の声もよく聞かれます。ここの記事にもあるように、ソーシャルゲームはPDCAのペースが非常に早いので、改変のスピードにユーザがついていけない部分も多少なりともあるのでしょう。ただ、PDCAやローンチ&イテレートを早く回すことは本来、改善のスピードを上げ、ユーザの満足度を高め、収益向上にもつなげていくことが目標のはずです。多くの指標をもとに分析を行っているはずなのに、ユーザとの関係向上という指標にもとづく分析の視点がどうも黒猫ウィズを含め、ソーシャルゲーム運営者には欠けているような気がしてなりません。ビジネスなのでもちろん儲けること優先でもいいのですが、ガチャ煽りみたいな露骨すぎる施策ばかり目につき、結局ユーザの不信を買ってしまう。黒猫ウィズはせっかく良い世界観をもったゲームなのにすごくもったいないなあ…と思います。早くこの騒動が沈静化することを(無課金ですが)いちユーザとして心からのぞんでおります…ということで、青魔導書を狩りに行こうっと♪

Monday, January 20, 2014

Photo Essayを移行しました

ほぼ2年くらい放置していたブログなので、手を加えだすとキリがない状態に陥っております。やりだすとけっこうハマるなあ…ほかに書かなきゃいけない原稿たくさんあるんだけど(_ _;)

それはともかく、某サイトに「Photo Essay」というタイトルの短めのコラムを何本か載せていたのですが、諸事情によりすべて削除となってしまったので、こちらのブログに移しました。IBMフェローの浅川智恵子さんが紫綬褒章を受章されたときの記事など、けっこう自分でも気に入っているものもあり、消えてしまうには惜しかったので。せっせせっせと手作業でやること数時間、なんとか全部のコンテンツを当時の日付のままで移し終えました。上にあるラベル「Photo Essay」をクリックしていただければずらずらと表示されるかと思いますが、ここにもリンクを貼っておくことにします(古→新です)。




海外出張で撮影した写真が主ですが、孫さんや浅川さんのように国内で撮らせてもらったものもあります。この仕事やってきてよかったなーと思うのは、有名無名問わず、本当にすごい人のお話を直接聞く機会が多いことです。おかげでニセモノはすぐわかるようになりましたw

もう過去の記事なのであまり役に立つこともないとは思いますが、時代のスナップショットとして何かの参考になることがあればうれしいです。

妄想女子の理想をカタチにした25年前の名曲

Facebook経由で回ってきたんですが、このまとめ、おもしろいですね。ついニヤニヤしながら読み込んでしまいました。


それにしてもみなさんバックハグがすきですねー。筆者はゴルゴ13と同じで、他人に後ろに立たれるのがすごーく嫌なので、この感覚はあまり理解できないんですが。

このまとめを読んで、チェッカーズの「素直にI'm Sorry」というなつかしい曲を思い出しました。若い人はご存じないでしょうけど、チェッカーズをリアルに聞いてた世代でも知らない人が多い曲かもしれません。カラオケのチェッカーズベストにはたいてい入ってるんですけどね。喧嘩したカップルが仲直りするまでのヒトコマを描いた曲ですが、当時最高にカッコ良かったフミヤが妄想女子の理想を4分強の間だけ満たしてくれています。



あらためて聞くとナオユキのサックスがすごくすきだー。

個人的にツボなのは2番の内容、女の子が激おこ状態で彼氏にメッセ残したものの、エネルギー使い果たして眠り込む、そこに留守電聞いた彼氏があわててやってきて抱き起こされて、寝ぼけまなこで( ゚д゚)ポカーンとしている……うう、文字にするとなんてはずかしいんだwww まさしく「ただしイケメンに限る」の世界です。

いやー妄想ってすばらしいですね、ホントに。妄想はイノベーションの原点、人類だけに与えられた特権です。そう考えると彼氏いませんタグにはものすごくたくさんのヒットのヒントが隠されているような気がします(←てきとう)。

Friday, January 17, 2014

ピンチのOpenBSDに見るカネのないオープンソース運営の難しさ

昨日、Twitterでつぶやいたらわりと反響があったのですが、BSD系の老舗オープンソースプロジェクトOpenBSDが資金難でかなりやばい状況らしいです。

Phoronixの記事: OpenBSD Foundation At Risk Of Shutting Down

プロジェクトリーダーのTheo de Raadtさんがユーザに寄付を呼びかけております。いちばんの原因は年間2万ドルに上る電気代。うーん、これはなかなか削減できないでしょうね…。

BSD系のOSSプロジェクトはFreeBSDを除いてどこも資金難だと思われます。というか、FreeBSDだって決して潤沢ではなく、寄付の状況などを見るとかなり苦しい台所事情というのが察せられます。いや、BSD系だけじゃないですね。企業のバックアップを受けられないOSSが大きく成長していくということは非常にまれだと思います。

こういう事例を見るにつけ、あらためて企業とオープンソースの関係の難しさを感じさせられます。昨年、インタビューさせていただいたTreasure Dataの開発者でfluentdの生みの親でもある古橋貞之さんは、ご自身の経験を踏まえてこうおっしゃっておられました。

企業がオープンソースのバックに付くことをいろいろいう人もいますが、僕はどんなに良いソフトウェアであっても、やはり企業のバックアップがなければ普及は難しいと思うんです。どんなに良いソフトウェアでも使ってもらえなければ価値はない。これはfluentdの前に「MessagePack」というソフトウェアを作った後、「MessagePackは、ひょっとしてこのまま死んでいくのかな……」と不安になった経験からいえることです。 --OSや言語ではなくデータベースを極めたい:グリー技術者が聞いた、fluentdの新機能とTreasure Data古橋氏の野心より
すごく正直で的確な指摘ではないでしょうか。

一方で、企業の支援を得て運営がうまく回っているオープンソースも数多くあります。その代表例がPostgreSQLです。MySQLの対抗馬的な存在として、日本では根強い人気を誇るデータベースですが、その要因は日本でのコミュニティ運営が非常に順調なことが大きい。昨年末、日本のPostgreSQLコミュニティ生みの親ともいえる石井達夫氏にお話を伺う機会がありましたが、そこから一節を紹介します。

──ここでPostgreSQLコミュニティの話を伺わせてください。オープンソースプロジェクトとして,PostgreSQLは比較的長い歴史を誇ります。長く続いた要因としては,MySQLのように1社が開発の主導権を握っているのではなく,多くの開発者が集って開発しているからだと思っているのですが,石井さんはどう見ていますか。 
石井:まったくその通りだと思います。ほかのオープンソースプロジェクトもPostgreSQLをお手本にしてほしいですね。そのプロダクトが黎明期のころは1社だけがバックについて開発するというスタイルもありかもしれませんが,ある程度成熟してきたら,ひとつの企業が開発を100%コントロールしようとするべきではない。みんなで開発するというスタイルのほうがより多くのユーザに使われるようになり,コミュニティも発展し,ビジネスとしても伸びていく余地があるように思います。--[新春特別放談]ニッポンのPostgreSQLコミュニティ生みの親,石井達夫氏が語るPostgreSQLの現在・過去・未来(3)より

企業がバックにつかないとオープンソースの開発は続かない、しかし1社だけが支配的な状況にあるオープンソースを"オープン"ソースと呼んでいいものか、筆者も石井さん同様、やはりちょっと無理が出てくるんじゃないのと思ってしまいます。こういうとき、Oracleの支配下にあるMySQLはやり玉に上がりやすいのですが、ほかにもHadoopディストリビューションのClouderaが開発元のImpalaなんかも、今後のプロダクト運営をどうするのか、ちょっと気になるところです。ちなみにMySQLに関しては、ファウンダーのMontyことMichael WideniusがいつもボロクソにOracleを叩いており、とくに商用版だけに特別な機能を追加するOracleの姿勢を「オープンソースモデルではなくオープンコアモデル」と激しく批判しています。

話をOpenBSDに戻すと、OpenBSDも毎年、Google先生などから多少なりともドネーションを受けているようですが、おそらく全然足りない状態にあると見られます。OpenSSHやOpenNTPDなどすぐれた派生プロジェクトを生み出してきたプロダクトだけに、このまま活動が停止に追い込まれるのはなんとか防ぎたいものです。PayPalでドネーションを受け付けているようなので、すこしでも集まることを期待しましょう。

この記事を書きながら、カネの集まりやすいOSSとそうでないOSSの違いについて、ふとある仮説を思い立ったのですが、それはまた別の機会にでも。

Friday, December 13, 2013

Dell World 2013取材中

昨日(12/11)からDellの年次イベント「Dell World 2013」取材でテキサス州オースティンに出張しております。ちなみにテキサスは初めて。勝手にサボテンとかのイメージをもっていたので、東京と変わらない冬らしい寒さにかなり驚いております。

これから取材記事を書くので、ブログ書いているヒマはないんですが、とりあえず雰囲気の伝わりそうな写真だけアップしておきます。本日の最大の収穫はTeslaのイーロン・マスクCEOを生で見れたこと! めまいがしそうなくらい、本当に素敵なひとでした。

パートナーが出展する展示スペース
12日午前のマイケル・デルによるキーノート直前。参加者は7000名以上らしい
プレスカンファレンスでのマイケル・デル
真ん中がイーロン・マスク。素敵すぎて言葉にならない。オトモにしてほしい!!!

Teslaのような美学にあふれたクルマを作れるのはこの方ならではと実物を見て深く納得。「どうやったらイノベーションを起こせるんだい?」という質問にも「トライするだけだよ。ただひたすらトライ。あなたは昨日、何かにトライした?」とカッコよすぎるお答えが!しつこいですが、本当にテキサスきてよかったわと、数時間経ってもイーロンの余韻に浸っております…って原稿書かねば(_ _;)


Saturday, December 7, 2013

出戻りフリーランス

すごく久々の投稿になってしまいました。ブログはあんまり向いてないのはわかっているんですが、もう一度挑戦してみようと思い立ち、年末のこの忙しい時期にこっそり更新しています。

今月から再び完全にフリーランスに戻ることになりました。今までは小さな会社組織にしていたんですが、素人がよくよく考えもせず、軽い気持ちで会社の立ちあげに参加してしまったことを、2年経ってすごくすごく反省しています。現在、トラブル続きでちょっと疲弊していますが、すこし解決の陽の目が見えてきたかなー…と信じたい(泣)

つらいのは、事務所として借りていた場所を引き上げることで、だいすきな恵比寿を離れてしまうこと。まあ、別に恵比寿には食事なんかでよく行くんですが、仕事の拠点にできなくなったことは本当に痛い。でも仕方ないですね。なるべく遠くないうちに戻ってこれるように、仕事がんばるしかないかなーと。

フリーランスとしてあらためて発信の幅を拡げられるよう、ただいま粛々と準備中です。このブログの再スタートもその一環ということで、なるべく続くようにがんばってみます。つか、その前にバックオーダーで抱え込んでいる原稿をなんとかしないと…(_ _;)

Friday, August 30, 2013

ネットワークが変われば世界が変わる - Niciraを創ったマーチン・カサドの自信作「VMware NSX」


2012年7月、スタンフォード大学発のベンチャーNiciraをVMwareが約12億ドルで買収するというニュースは、ネットワーク業界にちょっとした衝撃をもたらした。設立から5年弱のNiciraは、次世代ネットワークと言われるSDN(Software Defined Network)の分野では高い技術力をもつ企業として、業界内では知る人ぞ知る存在だった。それだけに「VMwareは良い買い物をした」と評価されるかたわら、「VMwareとNiciraのアーキテクチャを統合するには相当な時間がかかるのでは」という憶測も流れた。

VMwareは昨年8月の年次イベント「VMworld 2012」において、1年後にはNiciraの技術を組み込んだ製品を発表すると公言した。買収した企業の技術統合を1年で行うのはそれほど容易ではない。だがVMwareはそのコミットメントを忠実に実行する。8月25日からサンフランシスコで開催された「VMworld 2013」では、VMwareが注力するSoftware Defined Datacenter(SDDC)を支える新製品としてネットワーク仮想化プラットフォーム「VMware NSX」が発表された。CEOのパット・ゲルシンガー(Pat Gelsinger)とともに、キーノートの壇上で新製品の発表を行ったのはマーチン・カサド(Martin Casado)、Niciraの創立メンバーであり、現在はVMwareのネットワーク部門CTOを務める人物である。

スタンフォード時代からスーパーギークとして知られていたカサドは「ネットワークは内向きになってはいけない。エッジから外に向かって自由に拡がっていくべき」という強い信念をもっている。そのためにはネットワークを物理デバイスから切り離して仮想化し、リソースプールから自由に割り当てるプロセスが欠かせない。SDNにフォーカスしたNiciraを創ったのはそうした理由からだったが、ベンチャーでSDNビジネスを展開する限界を感じていたころにVMwareから買収が提案されたという。互いの利益が一致したまさにうってつけのタイミングだったのだろう。「今はもうSDNというタームにとらわれる必要はないと思っている」というカサドの発言からは、Niciraからさらに先を行くネットワーク仮想化に挑んでいる姿がうかがえる。

「ネットワークの世界を変える」というスタンフォード時代から培った強いパッションはVMwareという大企業でVMware NSXとしてひとつのゴールを見ようとしている。正式ローンチは2013年末、VMware ESXがサーバの世界に与えた衝撃のように、VMware NSXもまたネットワークの世界を変えることができるのか、その実力が試される。

Saturday, July 20, 2013

Oracle Database 12cが示す5年後のトレンド予測の難しさ



昨年9月に米サンフランシスコで開催された「Oracle OpenWorld 2012」で発表された「Oracle Database 12c」だが、予想以上に検証作業に時間がかかったのか、正式出荷が開始されたのは今週7月17日であった。製品名にクラウドを表す"c"を付け、「クラウドのための最強のデータベース」と謳うオラクル。実際、12cの最大の特徴とされるマルチテナント機能は、複数のユーザ環境が混在するクラウドサービスにおいて、ユーザごとの独立性/分離性を保ちながら、利便性も集約性も損ねないとしている。

もっともオラクルCEOのラリー・エリソン(Larry Ellison)はもともとデータベースにマルチテナント機能を実装することに反対だったと昨年のOOWで語っている。マルチテナントはユーザのデータを危険に晒す、ずっとそう思い続けてきたが、開発チームからそのアーキテクチャの詳細を説明され、ようやく納得したという。ラリーに限らず、マルチテナントに嫌悪感を示すある年代以上のIT関係者は少なくない。SAP創業者のハッソ・プラットナー(Hasso Platner)もマルチテナントには懐疑的だったとされており、かわりにインメモリですべてのデータ処理を行うデータベース「SAP HANA」を考案するに至っている。

マルチテナントを嫌がるというのは、クラウドを嫌がると同義と言ってもいい。おそらくラリー・エリソンという人はクラウドを認めたくない気持ちがいまもあるのではないかと思えてならない。

この写真は2008年9月に行われたOracle OpenWorldで、ラリー・エリソン自身が初代Exadataを華々しく紹介したときのものである。Sun Microsystemsを買収する前でもあり、ハードウェアはHPによって提供された。ちなみに当時のHPのCEOは、現オラクルのプレジデントであるマーク・ハード(Mark Hurd)である。ずっとハードウェアを欲していたラリーとオラクルにとって、この初代Exadataの誕生がどれほど誇らしいものだったか、容易に想像がつく。当時、クラウドコンピューティングという言葉がバズワード化しかけていたが、ラリーはトレンドの動向よりも、ハードウェアを含むオラクルブランドの垂直統合化に熱中しはじめた。

もし、当時からオラクルがクラウドに対して全力で投資を行っていたなら、クラウド業界の勢力図はもう少し現在と違ったものになっていたかもしれない。5年後、フラグシップ製品のデータベースに12cと名付けたオラクルだが、その"cの世界"でのオラクルの存在感は同社がアピールするほど大きくない。5年先を見据えてビジネスを展開するというのは本当に難しい。

Saturday, June 29, 2013

クラウドに形容詞は必要ない - AWSの強さは"Cloud Father"とともにありき



クラウドコンピューティングという言葉が誕生したのは2006年、Googleの当時のCEOだったエリック・シュミット(Eric Schmidt)が最初に使ったとされている。だが"Cloud Father(クラウドの父)"の称号がふさわしい人物をひとり挙げるとするなら、それはシュミットではなくこの人 - AWSのCTOであるヴァーナー・ボーガス(Werner Vogels)をおいてほかにいない。6月19日(現地時間)、米サンフランシスコで開催されたGigaOM主催カンファレンス「Structure 2013」において、GigaOM Researchのリサーチディレクターは壇上のボーガスを、「現在のITはクラウド抜きでは語れず、クラウドはAmazon抜きでは語れず、そしてAmazonの成功は"Cloud Father"抜きでは語れない」と紹介している。その賞賛に異論を唱える人はいないだろう。

Structure 2013の会期中、ちょうどニュースになっていた話題のひとつがCIAのクラウドプラットフォームを巡るAWSとIBMの争いだった。結局、CIAはAWSを選ぶのだが、単純に金額だけ見ればIBMのほうが安く提供できたとも言われている。ボーガスはこれに対し、「顧客(CIA)はテクノロジとしてすぐれた、より深くダイブできるクラウドを自分にとっての適切なソリューションとして選んだだけのこと」とさらりと述べるに留めている。もはや「プライベートクラウドのほうがパブリッククラウドよりも信頼性が高い」という主張がAWSの数々の実績の前ではなんの意味もなさないことは、むしろ競合企業よりもユーザのほうが理解しているともいえる。

クラウド市場で圧倒的な強さを誇るAWSだが、ボーガスは「クラウドはwinner-take-all market(勝者がすべてを取る市場)ではない」とも認めている。どんなに強くとも100%のシェアを獲れるわけではなく、必ず競合のサービスを選ぶユーザが現れる。「なぜ、ユーザはAWSではなく競合のを選んだのか、そこを知ることが我々の新たなサービス開発につながる」というボーガスの言葉に、AWSにとっては競合の存在すらも成長の糧であることが伺える。

AWSはcloudという単語の前にいかなる形容詞をも付けることをよしとしない。IBMやOracle、Microsoft、VMwareといった競合が提唱する"信頼性の高いプライベートクラウド"や"オンプレミスとパブリック/プライベートが混在するハイブリッドクラウド"といった括りにAWSも含められることを嫌う。「エンタープライズのデータセンターは確実に少なくなるだろうけど、まだ数年はなくならないだろう。その過渡期に応じたサービスはもちろん提供していく」とボーガスはハイブリッドクラウドのニーズを認めてはいるが、本意はおそらく別だ。クラウドはクラウドでしかなく、そこにプライベートもパブリックもない。そしていまやすべてのデータはオンプレミスからクラウドへとその存在場所を変えつつある。クラウドはひとつ、データの置き場所もひとつ - Cloud Fatherの揺るぎない信念と自信は世界中のAWSネットワークのすみずみまで行き渡り、巨大なデータのゆりかごとしてどこまでも成長を続けていく。

Sunday, June 23, 2013

負ける戦いなら挑まない - パット・ゲルシンガーが見せるクラウドビジネスへの静かな自信


「プライベートクラウドにおけるVMwareの最大のライバルはMicrosoft。リソース、技術力、市場での実績、いずれも十分に脅威となる」 - 6月19日、米サンフランシスコで開催されたイベント「GigaOM Structure 2013」において、VMwareのCEOであるパット・ゲルシンガー(Pat Gelsinger)はこう発言した。クラウドビジネスへの本格的参入が注目されているVMwareだが、クラウド市場の圧倒的巨人であるAmazonではなく、Microsoftの名前をライバルの一番手に挙げたことに、会場の空気がすこしざわめく。

ゲルシンガーはもちろんAmazonの強さを認めている。だがそうであっても「Amazonがクラウドの世界ですべてを取っているとは思わない」と断言する。とくにエンタープライズ企業がメインユーザであるプライベートクラウドおよびハイブリッドクラウドの世界においては、VMwareは競合をはるかに凌駕する強さを発揮できる自信があるという。「世界トップ10に入る銀行のCIOから"Amazonではダメだ、エンタープライズグレードというものをわかっていない"という声をさっき聞いたばかりだ」と語るゲルシンガーだが、そこにはVMwareだからこそ、エンタープライズのニーズをすくい取れるという自信がはっきりと伝わってくる。

この人がIntelのCEO候補だったのはわずか3年前のことである。デスクトップPCの世界からストレージのトップベンダであるEMCに移籍し、2012年にはその傘下であるVMwareのCEOに就任、いまやクラウド市場において世界でもっとも影響力をもつエグゼクティブのひとりとなった。今後、否が応でも"Father of Cloud"、ベルナー・ボーガス(Werner Vogus)率いるAmazon Web Servicesとその戦略が比較されることになるが、ゲルシンガー自身はAWSとの対決にはあまり興味がないように見える。VMwareが獲れる市場にAWSは入ってくることができない - その自信がAmazonの独占状態とも言えるクラウド市場をどう塗り替えるのか、世界中が注目している。

Saturday, June 15, 2013

データベースが円筒形ではなくなる日はやってくる!? - シリコンバレー随一の美しさを誇るオラクル本社ビル群


サンフランシスコ空港から国道101号を南に10分ほどドライブすると、目の前にブルーに輝く巨大な円筒形のビル群が迫ってくる。シリコンバレーの入り口に圧倒的な存在感をもってそびえ立つこのオラクル本社を目にすると、IT企業にとってこの地こそが世界最高の舞台であることを実感せざるを得ない。

ビルの形状が円筒形であるのは、オラクルの事業を支えるデータベースを模しているからという話はよく知られている。大きな人工池を囲むように建てられたビル群は木々とともに美しいラグーンを形成し、水辺では水鳥が羽をやすめ、ITの会社だということを忘れさせるような解放的な雰囲気が漂う。一部のビルを除き、ラグーンの周囲やカフェテリアには外部からの出入りも許可されている。シリコンバレーを巡る機会があればぜひ訪れてみてほしい場所だ。

創業者であり、70歳を迎えながらなお現役でCEOを務めるラリー・エリソンはここに最初のビルを建てたとき、その番号を100(第1ビル)ではなく500(第5ビル)とした。100にしなかったのは「ビルを5棟建てられるまで会社を大きくしたかったから」だという。最初からピークの値を5倍に想定して設計していたというわけだ。結果、当初の期待を大きく上回る大企業へと成長したことは語るまでもないだろう。

だがITの世界は変化が速く、激しい。データベース市場で圧倒的な首位を誇り、大型買収を重ね、企業規模を拡大してきたオラクルだが、クラウドやビッグデータ、ソーシャルといった現在のメインストリームとなっている分野で強い存在感を示すことが難しくなってきている。トップを走り続けてきたデータベース事業においても、インメモリやNoSQLといった新たなトレンドに対してはつねに出遅れている印象を否めない。もしかしたら、データベースの象徴がディスクをあらわす円筒形である時代が終わってしまうのも、そう遠くはないのかもしれない。そのとき、このビルを本社にもつオラクルは、データベース市場でトップであり続けることができているのだろうか。